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福岡地方裁判所 平成3年(ワ)1181号 判決 1993年5月11日

原告

山﨑忍

山﨑雄一

山﨑佳世児

右原告三名訴訟代理人弁護士

辻本育子

被告

福岡県

右代表者知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

國府敏男

俵正市

主文

一  被告は原告山﨑忍に対し、金一億二五三一万三七六二円、原告山﨑雄一、同山﨑佳世児に対し、各金二〇〇万円宛及びこれらに対する平成三年七月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一原告ら

1  被告は原告山﨑忍に対し、金一億三八三六万七五六二円、原告山﨑雄一、同山﨑佳世児に対し、各金五〇〇万円宛及びこれらに対する平成三年七月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二被告

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二事案の概要等

一事案の概要

被告が福岡市早良区大字小笹木四〇三に設置している県立早良高等学校において、平成二年度の体育大会の行事として八段の人間ピラミッドをすることになり、授業中にその練習をしていたところ、ピラミッドが崩れ、最下段にいた原告忍が第四頸椎骨折等の傷害を負ったため、指導に当たった教諭らに過失があったとして、原告忍及びその父原告雄一、母原告佳世児が同高校の設置者である被告に対し、国家賠償法一条一項等の責任があるとして損害賠償の支払を求めているもの。

二争点

1  ピラミッドの指導に当たった早良高校教諭らに指導上の過失があるか否か。

2  事故発生について原告忍にも責められるべき点があるか否か。

3  原告らの損害額について

三当事者の主張

1  原告らの主張の要旨

(一) 生徒は、学校長から入学を許可されて就学場所を指定され、供給される設備、器具等を用い、配置された教諭らの指導、監督のもとに教育を受けるのであるから、学校設置者である被告は、信義則上、生徒に対し、教育義務遂行のために設置すべき場所、もしくは器具等の設置管理又は学校職員の指導のもとに遂行する教育の管理に当たって、生徒の生命、身体及び健康を危険から防止、保護するように配慮すべき安全配慮の義務を負っているものであるところ、その義務は生徒と接触している学校長を頂点とする教頭、教諭及び事務職員らの全体を通して具体化されるものである。このように、原告忍と被告との間には、入学許可とこれにより生じた在学契約に伴う体育授業中の安全配慮義務が存しているところ、体育大会の種目として予定されていたピラミッド練習のための体育授業中に生じた本件事故については、後記のとおり、指導教諭らの義務違反が認められるのであるから、被告は、本件事故について国家賠償法一条一項、民法七〇九条、同法七一五条或いは民法四一五条により原告らが被った損害を賠償する責任がある。

(二) 人間ピラミッドは、バランスを崩して崩壊する危険は十分にあり、崩壊した場合の落下した生徒の受傷が予想され、また、下敷きになった生徒に相当の重量が短時間に急激な衝撃を伴って加わるのであるから、これによる重大な傷害の発生は、ラグビー等のように攻撃、防御の動作を内容とする競技と異なり、容易にかつ具体的に予見することが可能である。このように、ピラミッドは、生徒の身体等に危険を伴う組体操であり、体力のみならず、技術上の熟練を要するのであって、教育上の必要性があるべきことはもちろん、実施するに際しては、組体操の目的、必要性、実施方法を十分に生徒に説明し、事前準備をするなどの危険防止措置をした上で、生徒の体力、技術に相応したものとしてされなければならない。しかるに、同高校教諭らは、体育大会のいわゆる「見せ物」として安易にピラミッドを採用し、実施することにしたものである。

(三) 特に、八段のピラミッドは、成功することが稀であり、崩落しやすく、福岡県下の各高校でも八段のピラミッドを実施するところはなく、早良高校でも平成元年度において八段を計画したが、練習でも一度も成功せず、体育大会では七段に減じて実施し、失敗した経緯があった。八段ピラミッドは、高等学校指導要領の「保健体育」の科目の「体操」の範囲を超えていると解される程の危険性を有するものであり、生徒から八段の申し出があったとしても、精神的、社会的に未熟な生徒達は、どの程度生命、身体に危険なものかが判断できるはずはないのに、同高校の教諭らは、漫然と体育大会の種目として八段ピラミッドを選択した。

(四) 早良高校の教諭らは、事故防止のための措置を採っていたとはいえない。

同高校教諭らが正式な授業科目としてピラミッドを学習したことはなく、したがって、十分な技術、指導力も身につけていなかったのであって、生徒らにピラミッドの目的、必要性、実施方法等を説明したこともなかった。

同高校教諭らは、事前準備として十分な練習時間、期間も当てていなかった。夏休み前にピラミッドの練習がされたことはなく、練習初日は二学期開始直後の平成二年九月四日であり、体育大会は同月九日であるから、練習期間は殆どなく、同月五日には本件事故が起きている。また、事故当日、原告忍は発熱しており、その旨を担任の宮本博樹教諭に告げたのに、同教諭は代替要員を確保するなどの措置を採ることなく、漫然と原告忍を八段ピラミッドに参加させるなど、体育コースの生徒達の疲労度を考慮しなかった。さらに、指導の教諭らがピラミッド全体を見渡せる位置にいなかったことも事故の一因となったものである。

(五) 八段ピラミッドにおいて、最下段の位置の者にかかる重量は相当なものがあり、別紙一図解図の⑥の位置にいた原告忍はこれに耐えるのに必死であり、崩落開始頃に首を曲げて上を見るなどの余裕はなかったのであり、受傷について原告忍に責められるべき点はない。

(六) 原告忍の傷害の程度は後遺障害等級の一級に該当し、原告らは次のとおりの損害を被った。

原告忍

合計金一億三八三六万七五六二円

(1) 逸失利益

金五〇〇四万〇五九二円

(2) 慰謝料

金二五〇〇万〇〇〇〇円

(3) 付添介護費用

金四九〇〇万四一七〇円

(4) 傷害の慰謝料

金三〇〇万〇〇〇〇円

(5) 入院雑費

金三二万二八〇〇円

(6) 弁護士費用

金一一〇〇万〇〇〇〇円

原告雄一、同佳世児

慰謝料  各金五〇〇万〇〇〇〇円

2  被告の主張の要旨

(一) 原告忍の在学関係は、行政処分により発生する法律関係であり、私法上の契約関係ではない。原告らにおいて国家賠償法一条一項の規定の適用を主張する以上、民法四一五条による債務不履行、同法七〇九条、七一五条の使用者責任の各規定は、本件に適用がないと解すべきである。

(二) 国家賠償法一条の責任は公務員に過失があることを要件としているが、本件ピラミッド練習の指導に当たった教諭らに指導上の過失はない。

過失は、一定の結果が発生することを具体的に知り得るという予見可能性があることを前提としており、その観念的前提として注意義務があることが要件となっているが、各種のスポーツには本質的に危険が内在し、そこには相応の限界が存するのであり、想定される全ての危険に対し、完全に生徒を保護することはできない。ピラミッドは、学校教育の一環としてされるのであるから、単なる安易な遊技に堕すべきものではなく、生徒の発達段階に応じた適度な修養、鍛練を積むことが必要であり、また、ある程度の技量、成績の向上を目的とすることは教育的効果の点から要求されているとみるべきであり、その限度での危険性を伴うものである。ピラミッドに危険が内在しているとしても、指導教諭に何らかの事故発生の危険性を具体的に予見することが可能でこれを容認したような特段の事情のある場合にのみ、教諭に過失が存在することになるが、本件のような事故発生の予見可能性はなく、指導に当たった教諭らに不可能を強いることはできないというべきである。

(三) 組体操は、小、中、高等学校を通じて体育大会等で広く実施されており、五段組み程度のピラミッドは小学校でも実施されており、福岡県内の高校のピラミッド実施状況をみても、一一〇校中、四四校で実施され、五段が一〇校、六段が八校、七段が一二校であり、八段も一校で実施され、平成二年度までは体育コースのない高校で八段に成功している例がある。このように五段から七段のピラミッドを実施している高校は多数であり、体操の種目としてピラミッドが特別の危険性を持つものではない。

ピラミッドは、忍耐力、協調性、集中力を養う効果が大であり、体育大会において組体操を発表することは、児童や生徒の日ごろの体操の授業の成果を発表する場となり、学習の到達度を示すものとして学習意欲と到達の充実感を与える効果を持っており、高等学校学習指導要領(平成元年三月一五日文部省告示第二六号)「保健体育」でも履修させるべきものとして位置付けられている。また、体操の内容としてどのような種目を選ぶかは指導の体育教師の裁量に任されているものである。

(四) ピラミッドを八段にすることは、原告忍ら生徒の申し出を採用したものであり、教諭らが無理に八段にしようとしたものではない。前年には八段を目標にしたが、七段に変更し、実施されたものの、体育大会当日に二回失敗したため、残念に思った平成元年度の卒業生からの申し送りがあり、生徒らを代表して赤ブロックの応援団長である原告忍らが八段を申し出てきたためにこれを採用したのであって、無理であれば、七段に切り替える予定であり、生徒達にその能力以上のピラミッドを作らせようとしたものではなかった。

(五) 指導に当たった宮本教諭らは、いずれもピラミッドの学習、指導体験を有し、各自がピラミッド指導のポイントを把握していたのであり、適宜、参加者に相当の注意を与えていた。

(六) 生徒らへの体育大会種目の指導については、保健体育の教諭らが協議して、体育コース一学年から三学年までの全クラスの年間計画を立てた平成二年度体育コース計画を作成していたが、その計画では六月中旬から七月中旬までの間の一か月は体育大会のマスゲーム(集団行動や組体操)の練習に当てられており、同様に作成された各クラス毎の平成二年度学習指導年間計画表でも具体的な組体操を指導内容として記載し、さらに九月一日から同月九日までの日程である体育大会練習日程を策定し、その指導計画に基づいて学習が展開されていたのであり、練習計画の作成等の点で注意義務を怠った点はない。特にスポーツ授業は、一ないし三学年を共通の時間に設定し、効率の良い練習に当てられていた。

(七) 昭和六一年の創立以来、早良高校ではピラミッドが実施されており、創立時は他コースの男子生徒も混成で行われたが、その後は、体育コース全学年の生徒の中から適任者を選抜して行われており、平成二年度の体育大会では、二、三年生は既にピラミッドを経験済みであった。また、一年生も五月の新入生の体験学習で五段のピラミッドに成功しており、それまでの練習等でもけがをした者はいなかった。教諭らは、夏休み前までには、基本的な組立体操の体力作りをさせた上、生徒の配置等を協議して決め、さらに、事故前日の九月四日には体育館で下四段、上四段の練習をし、ピラミッドを崩す際の練習もした。

(八) 宮本教諭は、原告忍の体調にも気を配っていたが、同人の体温も平熱であった。また、原告忍は、その体調が悪かったとすれば、高校生であって判断能力もあったのであるから、自らの判断により中止を申し出るべきものであったが、原告忍は「きついけど、できるところまでやってみます。」と答えていた。

当日の事故前に指導の教諭らは、二段までを二回、三段までを二回、四段までを二回と段階的に練習させ、五段の練習に入ったものであるが、柔道場で実施するなどの配慮をし、周囲で補助したり、生徒に指示をし、ピラミッドが崩れそうになったときには支えるなどの措置をとっており、また、全体を見渡せる位置にいた。

(九) 事故は、五段の外側の二名が位置を定める前に生じたものであって、進行状況は危険なものではなかった。原告忍の受傷の態様は、首をねじった状態で頸椎に圧迫を受けたような脱臼であったのであり、崩落したときに原告忍は上の者に声をかける無理な体勢をとっていたと推認される。指導されたとおり崩す際に顔を下に向けていれば、かかる重大な事故には至らなかったのであって、事故発生については原告忍にも過失がある。

(一〇) 早良高校の教諭らは、原告忍の入院している病院に出張して訪問授業をし、単位を取得させるなどの誠意をもって対処してきたのであるから、原告らの慰謝料請求は失当である。

第三判断

一本件事故発生までの経緯等

当事者の地位、本件事故発生までの経緯等については、当事者間に争いのない事実と弁論の全趣旨及び各証拠(各項末尾記載のとおり。)を総合すると、次の事実が認められる。

1  当事者の地位等

早良高校は、昭和六一年に創立された福岡県立の高等学校であり、普通科に一般コースのほか体育、英語の各コースが設置され、体育コースは、体育の豊富な学習体験を通して心身ともに健全な人間の育成を図ることを目的とし、一般試験のほかに実技が加味される推薦試験によっても生徒の受入れがされており、保健体育の授業中には一般コースと同じ保健等の授業のほかに各学年三単位のスポーツの授業が組まれ、さらに体育コースの生徒は運動部のいずれかに所属するものとされていた。

原告忍(昭和四七年七月一二日生)は、昭和六三年四月に早良高校の体育コースに入学し、平成三年三月まで在籍していた者であり、原告雄一、同佳世児は、原告忍の父、母である。

(<書証番号略>、証人宮本博樹、同三浦龍一、原告忍本人)

2  早良高校におけるピラミッドの実施状況等

同高校では、創立以来、例年九月の体育大会において、男子生徒による人間ピラミッドが実施されていた。昭和六一、同六二年度は、体育コースの男子生徒が少なく、一般コースの生徒も含めてのものであり、五、六段で実施されたが、昭和六三年度には、体育コースから選抜された男子生徒によりタワーと六段のピラミッドが実施されて成功し、平成元年度には八段を目指しての練習がされたが、成功せず、体育大会当日には、結局、七段に縮小して実施されたものの、一、二回目とも成功するに至らなかった。

原告忍は、昭和六三年度には一年生であったが、ピラミッドに参加し、最下段の土台の役割を務め、二年生のときには体育大会の実行委員長として活躍するなど、体育コースのクラスのリーダー的存在であった。

なお、原告忍は、三年時には身長一七六センチメートル、体重七八キログラムであり、また、同高校における平成二年度の体育コース(各学年一クラス)の一年生は男子四〇名、女子八名、二年生は男子二六名、女子二二名、三年生は男子三〇名、女子一八名であった。

(<書証番号略>、証人宮本、同三浦、原告忍本人)

3  人間ピラミッドについて

人間ピラミッドは、組立運動の一種であり、組立運動は互いの健康な身体を組み合わせてその造形をし、美の共同感を持つことを目的とするもので、その間に創意や工夫の動きがあり、表現に耐え得る体力や協同、協調の精神が養われるものであって、身体的に比較的安全であることなどから、タンブリングと共に高く評価されている運動である。もともと人体を組み合わせる運動は、古い歴史を持っており、現在でも国体の開閉会式や運動会のマスゲームとして盛んに行われている。

一般に、組立運動が確実にされるには、「①組立方が物理的な合理性を持つこと、人体は純物理学の対象とならないが、プランを立てるときは、重心の位置、重心の総合点は考慮すること、②土台をしっかり作ること、大きな体で重く力があること、③人数が少なくても質的に立派な人たちであれば、高度な見栄えのよいものができるのであり、適材適所であること、④土台の重いものから始めること、解くときは外側から始めること、⑤見せ所は統一と変化、すなわち統一された人体、群像とメカニックな構成であり、同時に手順の良さと安全であり、手際の良い解き方でなければならない。」などと言われ、また、高度な組立運動をするためには、「自分の体重の二倍又は三倍位の負荷に堪え得る力をつけることが必要である。しかし、力の上に調整力、バランスの能力がミックスされなければならない。この能力は一朝一夕には養えないので、やさしい組立てから徐々に慣れを作り、力とバランス能力を平行して育てることが大切である。組立運動こそ段階的指導で基礎がしっかりできていなければならない。」などと言われている。また、ピラミッド実施の要領としては、「①各人が中央に力を寄せ、肩も背中も丸くしないこと、②登る者は、台になった者を踏みつけるように登るのではなく、手をかけて手と足に均等に力を入れて乗ること、③土台ほど正しい姿勢が大切で、重さを肩がわりさせようとすると、組立てが崩壊する。④崩すときは、両手、両足を伸ばしてから上から一瞬のうちに崩すこと」などが言われている。

平成二年度における福岡県内の全日制の高校一一〇校でのピラミッド等の実施状況をみると、体育大会実施校中、組体操実施は四五校で、そのうちのピラミッドを実施しているのは四四校であり、そのうちの六段実施は八校、七段実施は一二校であるが、八段のピラミッドが実施されたのは、早良高校のみであり、平成三年度の実施状況も同様であるが、八段ピラミッドを実施した高校はなかった。

なお、八段ピラミッドのときの人数、構成、上り方及び本件事故当時の原告忍の位置等は、別紙一図解図のとおりであり、完成時の最上段の高さは五メートル程度となるもので、補助台の者らは、四段目の者が上がった後は、ピラミッドを後ろから支持したりするものである。

(<書証番号略>、証人宮本、原告忍本人)

4  八段ピラミッド採用の経緯

平成二年七月頃、体育コースの三年九組担任の宮本教諭は、体育大会における赤ブロックの応援団長であった原告忍及び同じ三年九組の赤ブロック長である大溝友和を体育教官室に呼び、体育大会のピラミッドの規模について希望を聞いたところ、原告忍らは、前年の体育大会で七段を失敗していたこともあって、八段の実施を希望し、同教諭らも原告忍の希望をそのまま受け入れて八段のピラミッドを実施することとし、原告忍らも交えてその人選をした。宮本教諭らは、その頃、学校長である平賀東一郎に対し、体育大会において八段ピラミッドを実施する旨の報告をしたが、同校長も八段ピラミッドを実施することについて特に異議は述べなかった。

(<書証番号略>、証人宮本、同平賀東一郎、原告忍本人)

5  練習計画の作成とその実施状況

早良高校において、組担任の教諭は、各科目毎に年間の学習指導年間計画表を作成しており、体育コースの組担任の教諭らも同様であったが、同コースの「スポーツ」の授業については、一ないし三学年が同じ時間帯に設定され、学年共同の授業となることもあるため、保健体育の各教諭が協議して年間を通しての体育コース計画を作成し、これに従って各組毎の学習指導年間計画表が作成されることになっていた。また体育大会では、体育コースの教諭、生徒が主となって運営等に当たるので、同コースの主任が具体的な練習日程を作成することになっており、平成二年度には、同コース主任の松田輝文教諭により別紙二のとおりの「体育大会練習日程」が作成された。

原告忍の属する三年九組は、宮本教諭の担任であり、同教諭作成の平成二年度の学習指導年間計画表では、四、五月は卓球、テニス、六、七月はマスゲームとして一〇時間の集団行動、タンブリングが指導内容として組まれ、体育コース二年の組担任の篠原教諭が主となって作成した体育コース全学年男子の計画表では、七月から九月の間に計一二時間のマスゲームとして、二、三人組みの支持倒立、サボテン倒立、帆かけ舟、電柱、とび魚、飛行機、二段タワー、三人組みの直立三段ピラミッド、三段タワー、四段タワー、ピラミッドを練習、指導するものとして計画が立てられていた。これらは体育大会での実施予定のピラミッドについて生徒の興味を喚起させ、補強運動としての役割も果たすものであったが、実際には、他の種目の練習がされ、六月に三時間、七月に一時間の合計四時間について直立三段ピラミッド程度の組体操の練習がされたのみであった。

なお、一年生については、毎年六月頃に行われる二泊三日の体験学習で五段ピラミッドが実施されていた。

(<書証番号略>、証人宮本、同三浦、同平賀、同篠原一洋、同七條和也、原告忍本人)

6  事故前日までの練習状況

夏休み中には体育大会の各種目の練習はなく、九月一日(土)は始業式がされ、同月二日(日)は日曜日であったので、いずれも練習はされなかった。同月三日(月)は、校内実力考査模擬テストがされ、午後三時二五分から四つに分けられた各ブロック毎の応援練習や各ブロックのリーダーの打合せ等及び各自が所属する体育部の部活練習がされるなどしたが、ピラミッドの練習は予定になくされないままであった。

同月四日(火)、原告忍は、午前七時四〇分頃に登校し、同八時二五分までの間、補習授業を受けた。同日の一、二時限目はスポーツの授業であり、二時間の連続授業が組まれており、三時限以後、午後六時頃までは全体練習が、その後はブロック毎の応援練習等が予定されていた。原告忍らは、体育コース担任の宮本教諭、篠原教諭、三浦龍一教諭(一年担任)及び体育授業担当の七條和也教諭らの指導のもとに、一、二時限目の授業時間に体育館で組体操の練習をした。ピラミッドについては、上四段下四段の練習がされ、一斉に両手を伸ばしてつぶす練習もされ、右教諭らは、体調の良くない生徒を入れ替えるなどし、また、「気合いを入れてやらねばないない。」或いは「手を開いて置け。」などと注意していた。同日、原告忍は、ブロック練習を終え、帰りに母校の中学校に寄り、体育大会で使用するはっぴを借りて午後八時頃には帰宅したが、深夜に三九度七分の熱を出すに至った。

(<書証番号略>、証人宮本、同篠原、同七條、同三浦、原告忍本人)

7  本件事故の発生状況

九月五日の早朝、原告忍は、三七度五分位に熱が下がっていたものの、体がきつく、いつもの自転車ではなく、バスで登校した。

原告忍は、授業前に宮本教諭に対し、熱がある旨を告げ、同教諭は保健室に行くよう指示したが、保健室から戻った原告忍は、大丈夫ですと答えてそのまま授業に出席した。一時限目(午前八時五〇分から同九時四〇分)には、グラウンドで、「行進、かけ足」「列の増減」「列の開列、閉列」「方向変換」等の集団行動の練習がされ、二時限目(午前九時五〇分から同一〇時三〇分まで)に柔道場で組体操が実施された。まず二段や四段のタワーの練習がされ、原告忍もこれに参加した。

次に午前一〇時一〇分頃からピラミッドの練習に移り、三段目、四段目までの練習が二回程度繰り返され、この合間に五段目から上の練習がされた。さらに、午前一〇時二〇分頃からの練習において、四段目までの者が補助台から上がった後、別紙一図解図の五段目の②③がまず両脇から上がり、続いて①④が上がる途中(このとき、六段目の者は上がろうとする直前であった。)、二、三段目の中心部分付近から揺れ始め、両脇付近はようやく持ちこたえたが、中央部付近は原告忍に折り重なるように崩れるに至った。

宮本教諭は、ピラミッドの前面に位置し、生徒らに「上がれ」等の合図をしており、篠原、三浦、七條の各教諭も前面に立ってピラミッドの状況を見ており、揺れ始めるや四名の教諭らがそれぞれ前方から支えるなどし、また、補助台の者も後方から支えていたが、崩落を始めると制止のしようがなかった。上に折り重なっていた者が退いたときは、原告忍は、第四頸椎脱臼骨折、頸髄損傷の傷害により、手足が痺れて動けない状況であった。

(<書証番号略>、証人宮本、同篠原、同七條、同三浦、原告忍、同佳世児各本人)

以上の事実が認められる。

なお、被告は、本件事故時に予定されていたピラミッドの段数及び崩落し始めたときの完成の程度について、五段目までの予定で練習がされていた旨の主張(「被告の主張の要旨」(八))をし、<書証番号略>(当日の事故調査についての宮本教諭らの回答書等)にはこれに副う記載があるが、五段目が上がっている途中に崩落し始めたことは間違いがないものの、<書証番号略>と証人宮本、同篠原、同七條、同三浦の各証言及び原告忍本人尋問の結果を総合すると、六段目に予定されていた生徒が続けて上がるべく待機していたことが認められるのであるから、事故の際のピラミッドは、五段目までが完成したときは、更に六段目或いはそれ以上までも完成させる予定のもとに実施されていたと認めるのが相当であり、事故時のピラミッドが単に五段目まで完成の予定であったとの被告の右主張は、採用することができない。

二被告の責任について

右一で認定の事実を踏まえて、以下判断する。

1  原告忍の早良高校在学と被告の注意義務

国家賠償法一条一項の「公権力の行使」には、権力作用だけではなく、純粋な経済的作用を除く非権力作用も含まれるから、公立学校における教師の教育活動もこれに含まれると解するのが相当である。しかるところ、早良高校の設置者である被告県は原告忍に同高校への入学、在籍を許可していたのであるから、学校教育の際に生じ得る危険から同原告の生命、身体等を保護するために必要な措置をとるべき一般的な義務を負っているものと解される。そして、本件事故は、その教育の一環としての体育の授業の際に生じたものであるから、被告の責任の有無の判断に当たっては、その授業の内容、危険性、生徒の判断能力、事故発生の蓋然性や予測可能性、結果回避の可能性等を総合考慮し、その客観的な状況の下での具体的な注意義務の違反があったか否かが検討されなければならないということができる。

2  体育授業、体育大会と八段ピラミッドの採用について

(一) 被告は、「被告の主張の要旨」(二)ないし(四)のとおり、一定の危険はスポーツに内在するものである上、ピラミッドは比較的安全なスポーツに属しており、本件のような事故の予見可能性自体がなく、宮本教諭らが体育大会の種目としてピラミッドを選択し、その練習を実施したのは原告忍らの申し出を採用したものであり、体育授業としての裁量の範囲内のものであって、これらの点の過失はないと主張する。

(二) 確かに、前記一、2、3のとおり、早良高校の体育大会では、創立以来、毎年、ピラミッドが行われてきた上、ピラミッドは協同、協調の精神や一体感等を養うものであって、各種体育大会等でも行われ、比較的、その実施を原因とする事故の発生は聞かないものであり、また、<書証番号略>と弁論の全趣旨によれば、学校教育法四三条、一〇六条、同法施行規則五七条の二に基づき、公示された高等学校学習指導要領は、指導すべき「体育」の科目として「体操」「スポーツ」等を定めていることが認められるから、ピラミッドはこれらに類するものとして、当然に指導されるべき体育授業の一内容とも解され、さらに参加者らが共通の目的をもって行動、演技するのであるから、その限りにおいて、相手と対峙し、攻撃、防御の動作を繰り返し、これを内容とするラグビーや柔道等のスポーツとは異なる面があるということができる。

しかしながら、人間ピラミッドは単に人体の積重ねではなく、柔軟で、それ自体独立した構造の人体を各自が相互に均衡を保ちながら、総合的に一個と評価できる人間のピラミッドを完成させるものであり、参加者が多くなるに従って、高さ、人数等の点で下段の者らの負荷も大きくなり、また、中央に押す力も働いているため、四肢全体に相応な力を配分できず、またこれが上段、さらにはその左右の者らにも微妙に影響して揺れの原因となり、相互のバランスを失し、崩落しやすくなるのであって、完成させることはより困難になるものと認められる。また、崩すときは、合図により参加者が一斉に両手両足を伸ばして崩すのであって、その場合は、上段の者の不自然な体勢の落下もなく、下段の者にかかる上段の者らの体重等の負荷は一定、均衡し、大きな傷害、事故の発生は考えられないものの、完成に至る途中で崩れ、落下するときは、落下する者が不自然な体勢となり、また、大規模であるときや、中央付近のみが先に崩れるなどの不自然な崩れ方をするときなどは、下段の一か所に集中して崩落、折り重なることになり、下段の者に過重な負荷がかかることになるのであるから(<書証番号略>によれば、小学校六年生の児童ら一三名が人間ピラミッドを組んでいたところ、これが崩れ、最下段にいた児童が下敷きになり、死亡したことが認められるが、このことは崩落の態様によっては相当な荷重がかかることの一証左といえる。)、被告主張のように一概に安全なスポーツとは断じ難いというべきであり、これらの危険性に注目すれば、本件のような高さ五メートルにも及ぶ八段のピラミッドは、体育大会の種目として採用し、実施するに当たっては、指導に当たる教諭ら及び学校長は、内在するこれらの危険性に十分に留意すべきであったということができる。

(三) 早良高校における体育大会での八段ピラミッド採用の経過をみても、それまで同高校において八段のピラミッドを成功させたことはなく、前年の平成元年度の体育大会でも七段を二回失敗していたのであり、八段であれば、土台を構成する下段の者の負荷が増加するのは当然である。ピラミッド最下段の者にかかる荷重は、ピラミッドの段数、構成等により異なると考えられるが、宮崎大学工学部教授二神光次の試算結果(<書証番号略>)では、六段のときの最下段の原告忍の位置での負荷を一〇〇(247.7キログラム)とすれば、七段では一二六(312.7キログラム)、八段では一四五(360.1キログラム)となるというのであり(なお、本件ピラミッドと同じ構成の八段で五段完成までの荷重は256.1キログラムとされている。)、更に、崩壊を防ぐための中央に向かっての力が働くために、八段ピラミッドでは全体の均衡が保たれ、成功することは、極めて困難、稀であると認められるのであるから、崩落による事故発生の可能性もより高いといわねばならない。

(四) 右の点につき、被告は、「被告の主張の要旨」(三)、(六)、(七)等において、体力、運動神経等に優れる体育コースの生徒らによるものである点を強調し、体育コースのない高校でも八段ピラミッドに成功した例はあると主張するが、上段の者らの体重、体格が良く、体重も増加すれば、その分、下段の者の負荷も増加するのであって、体育コースの生徒であることが直ちに八段ピラミッド採用を正当付け得る理由となるものではない。また、証人宮本は、福岡県内では八段ピラミッドについて三校が成功したと聞いている旨の証言をし、平賀証人も同旨の証言をするが、これらも伝聞等にとどまり、直ちには措信し難く、前記一、3の平成二、三年度の各高校のピラミッドの実施状況をみれば、八段ピラミッドが実施されることは殆どなく、七段程度が成功の限界と考えられ、早良高校の体育大会において、八段のピラミッドを採用したのは異例のことであり、これを実施する特段の必要性はなかったというべきである。

(五) さらに、前年の体育大会において七段ピラミッドを失敗していたことなどから、原告忍らが宮本教諭に対し、八段ピラミッドをやりたいとの回答をしたことは前記一、4のとおりである。しかしながら、体育大会は、学校行事の一環としてされ、ピラミッドの練習も同高校における正式な「スポーツ」授業の一内容としてされているのであり、体育教諭らがその内容を選択、決めるべきものである。若く、思慮の分別に足りない原告忍らの生徒が申し出をしたとしても、指導に当たる宮本教諭らは、過去の実績や生徒の能力等も考慮し、慎重に検討すべきであったということができる。また、生徒の自主性を養う見地からは、体育大会等の運営を生徒に任せ、教諭らはこれを監督するとの運営方法も考えられるが、平賀証言によっても、早良高校では教諭らが主導の形で体育大会が実施されていたことが認められるのであるから、同高校における八段ピラミッドの選択は安易にされたとの評価を免れないというべきである。

3  八段ピラミッド練習における宮本教諭らの指導について

(一) さらに、八段ピラミッド練習の指導に当たった宮本教諭らに具体的な注意義務を怠った点があるかについて検討するに、まず、本件事故時の状況を考察すると、原告忍は、ピラミッド最下段のほぼ中央に位置していた(別紙一図解図⑥の位置)のであり、前記一、7の崩落の状況のとおり、原告忍の上部に組んでいた者のみならず、その左右の者もその殆どが原告忍に折り重なったのであり、原告忍は、突然の崩落或いは過重な負荷により不自然な体勢となり、上からの荷重等によって頸椎を損傷するに至ったと推認することができ、本件事故は崩落により当然に生じ得る結果と認められる。

この点につき、被告は、原告忍のとっていた体勢が受傷の一因であるかのごとく主張(「被告の主張の要旨」(九))するが、これに副う<書証番号略>中の記載部分及び証人宮本、同平賀の各証言部分も単なる推測或いは伝聞の域を出ず、採用し難い。原告忍は、二ないし五段までの多数の者の荷重があり、崩落開始頃に上を向いて声をかける程の余裕があったとは到底認め難く、その主張は採用することができない。

(二) 被告は、「被告の主張の要旨」(三)ないし(七)のとおり、宮本教諭らはピラミッドの指導経験等を有しており、その指導に当たっては、指導計画等を策定してこれを実施するなど、事故防止に努めていたと主張するが、証人宮本、同篠原、同七條、同三浦の各証言を検討しても、宮本教諭ら四名は、いずれも高校、大学時代に自らピラミッドに参加した経験はないか、あっても五、六段程度であり、殆どが早良高校赴任後での経験であって、ピラミッド参加の人員の選定、生徒らに対する注意等をみても、前記一、6のほか「全体が壊れそうなときは、特に上の者について早く下りるように注意していた。」(宮本証言)という程度であって、特にピラミッドについての高度の技術、指導力、経験を有していたとは認められない。また、前記一、5のとおり、指導のための年間計画表の作成がされていたものの、夏休み前のスポーツ授業でされたのは簡単な組体操であり、準備運動や筋力運動或いはピラミッドの補助運動と評価される程度のものであり、一年生の体験学習での五段ピラミッドの練習もレクリエーション的色彩の強いものであり、八段ピラミッド実施の上での経験の基礎となったとは認め難い。そして、他に宮本教諭らが特に七段ピラミッドに失敗した経験を生かすべく、その反省の上に立って慎重に八段ピラミッドの完成、練習を実施しようとしたと認めるべき証拠はないから、夏休み以前に八段ピラミッドを目的とした基礎練習は殆どされなかったというほかはない(濱田靖一作成の「鑑定書」と題する書面(<書証番号略>)宮本教諭らの練習計画は十分なものであったと評価しているが、その計画のとおりの練習がされたのではないから、その評価は採用の限りではない。)。

(三) 九月四日及び事故当日の同月五日の練習の経過をみても、早良高校の体育大会では体育コースの者が主力となって活動するのが当然の成行きとみられること、ピラミッド最下段の者は体力に優れる者が選ばれていることも考慮すると、ピラミッド参加者の多くは、そのほかのブロック練習等にも主力となって参加するなど、体育大会の運営等でも忙しく、精神的、体力的にもピラミッドに集中する余裕はなかったと推認される(この点で参加者が精神的、肉体的にピラミッドに集中することになる国体等の集団演技等とは、根本的に異なるというべきである。)。ピラミッドに参加した生徒らも、代替要員がいない状況であることを熟知しており、原告忍の発熱と無理を押してのピラミッドへの参加等もこの一証左ということができる(なお、原告忍はタワーにも参加している。)。体育コースに在籍し、体育大会の主力としてピラミッドに参加していた他の生徒らについても同様のことがいえるのであって、前記一、6のとおり、夏休みから九月一ないし三日の間は、ピラミッドの練習はされていないこと、同月四、五日の両日の慌ただしい体育大会の準備やピラミッドの練習経過等を考え併せると、事故当日の八段ピラミッドの練習の際の崩落は、八段による過重な荷重、これらのピラミッド参加者の習熟度の不足や疲労等の諸要因が重なり、これにより生じたと認めるのが相当である。

(四) 被告は、「被告の主張の要旨」(八)のとおり、宮本教諭らにおいてピラミッド実施の生徒らに注意し、補助するなどしていたと主張し、宮本教諭ら四名が周囲で支えるなどし、ピラミッド後部の補助台となっていた者も後から支えていたことは、前記一、6、7認定のとおりであるが、別紙一図解図のとおり、二段目から五段目までで合計二八名の多人数の者が上段で支え合っており、崩落が開始すれば、補助の者らにおいて崩落を防止し、生じる危険から生徒らの安全を図り得たとは到底いうことができない。この点の十分な注意義務を尽くしたとの被告の主張も理由がない。

4  以上に認定、判断のとおりであって、本件事故は、宮本教諭らにおいて、八段ピラミッドが極めて成功が困難で、危険性のあることを十分に認識せず、これを安易に採用し、生徒らの危険回避の方法等を工夫することなく、また、ピラミッド組立てのための段階的な練習、指導をすることなく、一気に実践の組立てに入り、練習二日目で五段以上の高段を目指したことにより生じたものであり、指導に当たった宮本教諭らの注意義務の違反によるものであるから、被告県はこれにより原告らが被った損害を賠償する責任がある。

三損害

1  原告忍の傷害の程度等について

原告忍の傷害の程度等については、次の事実が認められる。

原告忍は、平成二年九月五日、本件事故により前記傷害を受け、福岡大学病院で診察を受けた後、労働福祉事業団の「総合せき損センター」に入院して頸椎前方、後方除圧固定術を受け、平成四年五月一〇日まで同センターで入院、治療を受け、この間、平成三年七月二二日症状固定と診断されたが、頸髄損傷により四肢は完全麻痺し、両手指以下の自動運動はなく、感覚は完全に消失し、今後回復する可能性はなく、移動には車椅子が必要で、日常生活動作にも介助が必要とされた。原告忍は、更に平成四年五月一一日に国立別府重度障害者センターに入所し、機能回復訓練に努め、両手指の機能がやや回復し、コップを握ったり、タバコを吸うなどの動作が可能となったが、依然として車椅子を使用せざるをえず、日常の起居動作には介助が必要のままであった。

(<書証番号略>、原告忍、同佳世児各本人)

2  原告忍の損害

(一) 逸失利益

金五〇〇四万〇五九二円

前記1の事実によれば、原告忍は本件事故により、労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認めるのが相当である。また、逸失利益算定の基準となる賃金センサス及び中間利息の控除等は、原告忍主張のとおりの方法によるのを相当と認める。

平成元年賃金センサス第一巻第一表の「産業計・男子労働者・旧中新高卒・一八―一九才」の平均年収は、二〇四万九五〇〇円であり、適用する新ホフマン係数は24.416であるから、原告忍の逸失利益は、右のとおり、原告忍主張と同額となる。

(二) 後遺障害慰謝料

金一五〇〇万円

原告忍は、若くして全身不随に至ったものであって、その精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものと考えられ、そのほか、本件事故に至る経緯と態様等及び早良高校の教諭ら及び学校長らは、原告忍の受傷後、頻繁に同原告を見舞い、平成二年一一月一九日から平成三年三月三〇日までの間は、教諭らにおいて前記総合せき損センターを訪れて授業の指導をし、これにより原告忍は他の同級生らと一緒に早良高校を卒業することができたこと、また、原告忍らの治療費等の補助のために校内募金等の諸活動をしたこと(<書証番号略>、原告忍、同佳世児各本人、証人平賀)などを総合し、金一五〇〇万円を相当と認める。

(三) 付添介護費用

金四九〇〇万四一七〇円

右1、(一)に判示した傷害により、原告忍は、生涯、家族らによる付添看護を必要とし、その介護には多大な労力が必要であることが認められるから、この費用としては、平均余命に達するまで一日につき五〇〇〇円(年一八二万五〇〇〇円)を認めるのが相当である。また、平成元年簡易生命表によると、原告忍は、本件事故後なお五八年間生存すると推定され、中間利息の控除については新ホフマン式によるのが相当と認められるところ、右五八年の新ホフマン係数は26.8516であるから、介護費用は原告忍主張のとおり、金四九〇〇万四一七〇円となる。

なお、国立別府重度障害者センター入所者中には、機能回復訓練の結果、日常生活が介護なしでできるようになった者らもいることが認められ(<書証番号略>)、原告忍についてもある程度の機能回復のきざしがみられることは前記1認定のとおりであり、同原告は若く、機能回復への意欲も強いことが窮われるが、これらの事実をもって原告忍の機能回復が相当程度に確実であるとは断定し難いのであるから、逸失利益及び付添介護費用については右のとおり判断するのが相当であり、他にこの認定、判断を覆すに足りる証拠はない。

(四) 傷害の慰謝料

金二〇〇万円

傷害の程度と入院日数及び治療経過等を総合して右額を相当と認める。

(五) 入院雑費

金二六万九〇〇〇円

原告忍主張の前記総合せき損センターへの入院日数二六九日間について、一日一〇〇〇円の範囲で相当と認めるから、右のとおりの額となる。

(六) 弁護士費用 金九〇〇万円

認容額、本件に表れた諸事情を総合して右額を相当と認める。

(七) 原告忍の損害合計

金一億二五三一万三七六二円

右(一)ないし(六)の合計は右のとおりとなる。

3  原告雄一、同佳世児の損害

慰謝料 金各二〇〇万円

原告忍の傷害の程度等の一切の事情を考慮して、右額を相当と認める。

4  以上のとおりであるから、原告らの本訴各請求は、原告忍において一億二五三一万三七六二円、原告雄一、同佳世児において各二〇〇万円とそれぞれこれらに対する本件事故後であることが明らかな平成三年七月四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

なお、被告は、事故発生については、原告忍にも一端の責任がある旨の主張をしている(「被告の主張の要旨」(九))が、この主張が理由のないことは前記認定のとおりである。

第四結論

よって、原告らの各請求は、一部理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧弘二 裁判官高橋譲 裁判官家令和典は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官牧弘二)

別紙二 体育大会練習日程<省略>

別紙一

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